東京地方裁判所 昭和43年(ワ)5900号 判決 1971年3月24日
原告 丸健産業株式会社
右代表者代表取締役 安斉茂
右訴訟代理人弁護士 垣鍔繁
同 森本清一
同 高橋真清
右高橋真清訴訟復代理人弁護士 伊多波トシ
被告 杉田篤夫
主文
1 被告は原告に対し金八〇七万七、〇三〇円およびこれに対する昭和四三年七月六日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 この判決は原告において金二〇万円の担保をたてたときは仮に執行することができる。
事実
一 原告訴訟代理人は主文第一・二項と同旨の判決および仮執行の宣言を求め、その請求原因として次のとおり述べた。
(一) 原告(旧商号「エドモンド通商株式会社」)は繊維製品、雑貨等の販売を業とする株式会社であるところ、昭和四〇年五月二九日から同年六月三〇日までの間二九回にわたり、訴外東洋繊維株式会社(以下「東洋繊維」という。)に対し、別紙目録記載のとおり繊維製品を代金合計八〇七万七、〇三〇円で売り渡したが、同会社が同年七月二日不渡手形を出して倒産したため右代金の回収は不能となり、これと同額の損害を被った。
(二) 被告は、昭和四〇年五月二三日以来東洋繊維の代表取締役であり、代表取締役として同会社の業務を統轄し他の取締役や従業員の業務執行につき監督を怠らず、職務に違背する不当な業務執行については未然にこれを防止すべき義務があるところ、これに違反することを知りながら同会社の取締役森および高本らと共謀して同会社が原告より買い受けた前記繊維製品のほとんど全部を仕入値の二・三割程度の価格で投売換金し、これによって得た代金の大部分を会社に入金することなくほしいままに着服または費消した。仮に被告自身は右の共謀に加わっていなかったとしても、被告は著しく注意を欠いたため右森および高本らが右の行為をするのを未然に防止しなかった。したがって、被告は右会社の代表取締役としてその職務を行うにつき悪意または重大な過失があったというべきところ、このような被告の任務懈怠により同会社は資金繰りが極度に苦しくなり、ついに前記のとおり倒産したものである。
(三) したがって、原告の被った前記損害は被告の職務執行についての悪意または重大な過失により生じたものというべきである。
(四) よって、原告は被告に対し、商法二六六条の三第一項にもとづき前記損害金八〇七万七、〇三〇円およびこれに対する本件訴状送達の日の翌日である昭和四三年七月六日から支払いずみまで年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
二 被告は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として次のとおり述べた。
(一) 請求原因(一)の事実中、原告が旧商号をエドモンド通商株式会社といい、繊維製品、雑貨等の販売を業とする株式会社であること、東洋繊維が原告主張の日に不渡手形を出して倒産したことは認めるが、その余は不知。
(二) 同(二)の事実中、東洋繊維が資金繰りが苦しくなり倒産したことは認めるが、その余は否認する。
被告は東洋繊維の代表取締役として登記されているが、これは次のような事情によるものである。すなわち、被告は、昭和四〇年五月中旬頃より訴外川上進および森弘と共同して、東洋繊維株式会社(代表取締役被告)なる仮空会社の名義で、原告その他の商社と繊維製品の取引をはじめたが、同年五月頃、被告は以前から専務取締役として営業・経理の一切を担当していた訴外杉田工芸株式会社の再建に専念する必要が生じたため、その頃からは右東洋繊維株式会社名義による取引は専ら川上および森が営業所を川上方に置いてこれを行っていたところ、同月末頃右両名は原告に対し、右取引における必要上いわゆる休眠会社の商号・目的を変更しこれを繊維製品の販売を目的とする東洋繊維株式会社として発足させることにしたので、被告にその代表取締役として名前を連ねてもらいたい旨申し出た。被告は、はじめこれを断ったが、川上らの再三の要求にあってやむなく、実際の営業は川上の監督のもとに森および同人が販売主任として迎えた高本が行い被告は一切これに関与しないことを条件に、右会社の営業が軌道に乗るまでの当座の間形式上その代表取締役に就任することを承諾した。そこで、川上および森において休眠会社である正進物産株式会社の商号を東洋繊維株式会社と変更し、株主総会および取締役会における選任決議を経ることなく被告が同会社の取締役および代表取締役に就任した旨の登記を了したものである。
したがって、被告は登記上の記載にかかわりなく正規の手続によって東洋繊維の取締役および代表取締役に就任したことはないというべく、被告が同会社の代表取締役であることを前提とする原告の本件請求は失当である。また、被告が表見上右会社の代表取締役であったことは右のとおりであるけれども、被告は右会社の営業に一切関与しないということでこれに就任したばかりでなく、実際に原告が本件において主張する取引にはまったく関与していないから、原告が右取引によりその主張のような損害を被ったとしてもこれにつき賠償責任を負うべきいわれはない。
(三) 同(三)の主張は争う。
三 原告訴訟代理人は、被告の主張に対し次のとおり述べた。
仮に、被告が東洋繊維の代表取締役に就任するにつき正規の選任手続を経ていないとしても、被告は代表取締役となることを事前に承諾し、これにもとづき昭和四〇年五月二三日代表取締役に就任した旨の登記がなされており、また原告に対し東洋繊維代表取締役被告名義の約束手形が振り出されているから、被告はいわゆる表見代表取締役というべく表見理論または禁反言の法理により商法二六六条の三所定の責任を負うべきである。
仮に、右主張が認められないとすれば、原告は被告個人との間で本件取引をしたというべきであるから、原告は被告に対し、予備的に前記売買契約にもとづき前記各金員の支払いを求める。
四 証拠≪省略≫
理由
一、原告が旧商号をエドモンド通商株式会社といい、繊維製品雑貨等の販売を業とする株式会社であること、東洋繊維が昭和四〇年七月二日不渡手形を出して倒産したことは当事者間に争いがなく、これと、≪証拠省略≫を総合すると、原告は昭和四〇年五月二九日から同年六月三〇日までの間二九回にわたり東洋繊維に対し別紙目録記載のとおり繊維製品を代金合計八〇七万七、〇三〇円で売り渡したが、同会社が同年七月二日不渡手形を出して倒産したため右代金の回収が不能となり、これと同額の損害を被ったことが認められ、この認定に反する証拠はない。
二、そこで、右の当時被告が商法二六六条の三所定の責任を負うべき地位にあったかについて判断するに、≪証拠省略≫を総合すると、東洋繊維は、資本の額を一〇〇万円とし、繊維製品の加工卸売等を目的とする株式会社であるが、これは、被告が訴外森弘および高本賢爾らと共同して「東洋繊維」なる名称で昭和四〇年二月頃より原告と繊維製品の取引をしていたところ、原告から個人のままでは取引上都合が悪いので会社組織にするよう求められたことから、被告らにおいて昭和四〇年五月二三日いわゆる休眠会社であった正進物産株式会社の商号、目的、役員を変更し、同月二七日その登記を経たものであること、会社組織になるまでは原告との取引は被告がその中心となり森および高本がこれに協力するという形で行われてきたが、会社組織となって後は次第に右の関係が逆になり、実際には森および高本が右会社の名義による取引(原告からの仕入れおよびその販売が殆んどその全部であった)を行うようになり被告は時折原告からの仕入れに関係する程度であったこと、しかし、被告は、右休眠会社を起すに際し、原告との取引を続けるためには信用と実績のある被告が代表取締役となることが必要であったところから、森などから求められてその就任を承諾し、昭和四〇年五月二七日、同月二三日に東洋繊維の取締役および代表取締役に就任した旨の登記を経たこと、被告の右取締役および代表取締役への就任については右会社の株主総会ないし取締役会の決議など正規の手続は行われなかったことを認めることができ、この認定を左右するに足る証拠はない。
右事実にもとづいて考えるに、商法二六六条の三にいう取締役は正規の手続を経て就任した取締役を意味し、単に取締役としての名義を貸したのみで、その就任登記はあっても株主総会の選任決議のない者はこれに含まれないと解されるので、この点からすると右のとおり株主総会、取締役会の決議によって選任された取締役および代表取締役でない被告は商法二六六条の三にいう取締役にあたらないといわなければならない。しかし、前認定の事実によれば、被告は休眠会社を利用して取引をするにあたり代表取締役となることを承諾したことにより、それが不実なものであることを知りながら被告が同会社の取締役および代表取締役に就任した旨の登記をすることを承諾したというべきところ、自己に関する不実の登記をなすことに承諾を与えて登記義務者の登記行為に加功した者は、その登記につき善意の第三者に対し商法一四条所定の登記義務者と同様の責任を負うと解するのが相当であり、しかして、弁論の全趣旨に徴すると原告は善意の第三者と認められるから、被告は自己が右会社の取締役および代表取締役でないことをもって原告に対抗し得ないといわなければならず、結局、被告は、商法一四条により原告に対し同法二六六条の三にいう取締役としての責任を免れ得ないというべきである。
三、そして、前記一認定の事実と、≪証拠省略≫を総合すると、前記森および高本は、何ら合理的な経営方針をもたないまま、原告から仕入れた繊維製品を順次仕入価格以下で投げ売りし、しかもこれによって取得した代金について正規の経理上の処理を行わなかったため、右会社はたちまち手形の決済資金に窮し、昭和四〇年七月二日不渡手形を出して倒産したことが認められ、この認定を動かすに足る証拠はない。
四、してみると、東洋繊維は、森および高本の放漫杜撰な業務執行の結果倒産の余儀なきにいたり、そのため原告に前記のような損害を被らせるにいたったのであり、被告を原告にする関係においては右会社の代表取締役として扱うべきこと前記説示のとおりであるから、結局被告は右のような放漫杜撰な経営を放置しておいた点において代表取締役としての職務を執行するにつき少くとも重大な過失があったといわなければならない。
五、以上の次第で、被告は商法二六六条の三第一項により原告が被った損害の賠償として金八〇七万七、〇三〇円およびこれに対する本件訴状送達の日の翌日であること記録上明白な昭和四三年七月六日から支払いずみまで年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務があり、原告の本訴請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 安岡満彦 裁判官 丸尾武良 裁判官 根本真)
<以下省略>